りない。ないと云ふ筈はないのだが……
第二の幽霊 (これもやはり大儀《たいぎ》さうに、ふはりと店へはひつて来る。)おや、今晩は。
第一の幽霊 今晩は。どうだね、その後《ご》君の戯曲は?
第二の幽霊 駄目《だめ》、駄目。何処《どこ》の芝居でも御倉《おくら》にしてゐる。やつてゐるのは不相変《あひかはらず》、黴《かび》の生えた旧劇ばかりさ。君の小説はどうなつたい?
第一の幽霊 これも御同様絶版と来てゐる。もう僕の小説なぞは、誰も読むものがなくなつたのだね。
第二の幽霊 (冷笑するやうに。)君の時代も過ぎ去つたかね。
第一の幽霊 (感傷的に。)我々の時代が過ぎ去つたのだよ。尤《もつと》も僕等が往生《わうじやう》したのは、もう五十年も前だからなあ。
第三の幽霊 (これは燐火《りんくわ》を飛ばせながら、愉快さうに漂《ただよ》つて来る。)今晩は。何《なん》だかいやにふさいでゐるぢやないか? 幽霊が悄然《せうぜん》としてゐるなんぞは、当節がらあんまりはやらないぜ。僕は批評家たる職分上、諸君の悪趣味に反対だね。
第一の幽霊 僕等がふさいでゐるのぢやない。君が幽霊にしては陽気過ぎるのだよ。
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