耳に残つてゐる。そこでその頃誰からともなしに「鴉片煙中死人の膏血有り」などと口々に言ひ囃《はや》すやうになつた。……
墓地に植ゑた罌粟の花から絶好の鴉片が得られると云ふのはフアレエルの想像の生んだものであらうか? それとも又上に掲げた支那の俗伝の生んだものであらうか? 僕は勿論どちらとも断言する資格を持つてゐない。唯この俗伝を生じたのも或は虞美人《ぐびじん》の血の化して虞美人草となつた話に根ざしてゐるかと思ふだけである。
なほ最後につけ加へたいのは鴉片の煙は煙草のそれよりも、――殊に紙巻や葉巻のそれよりも東洋的香気の強いことである。若《も》し鴉片の煙の匂に近い匂を求めるとすれば、それは人気のない墓地の隅に寺男か何かの掃き集めた樒《しきみ》の葉を焚いてゐる匂であらう。従つて鴉片の煙の匂は清朝の支那人は暫く問はず、僕等現代の日本人にも墓、――死人、――死などと云ふ聯想を伴ひ易いものである。が、それ等の聯想は必しもあの「悪の華」の色彩を帯びてゐるとは限つてゐない。僕はこの文章を草しながら、寧ろいつか読んだことのある青々《せいせい》の発句を思ひ出してゐる。――
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初冬や谷中《やなか》あたりの墓の菊
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底本:「芥川龍之介全集 第十三巻」岩波書店
1996(平成8)年11月8日発行
入力:もりみつじゅんじ
校正:林 幸雄
2002年1月26日公開
2004年3月17日修正
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