ふ事を書くだけです。」
「それでもいいから、書いてくれ給へ。」
 紳士はポケツトを探《さぐ》つて、原稿用紙と万年筆《まんねんひつ》とを出した。外では歳暮《せいぼ》大売出しの楽隊の音がする。隣のテエブルでは誰かがケレンスキイを論じ出した。珈琲《コオヒイ》の※[#「均のつくり」、第3水準1−14−75]《にほひ》、ボイの註文を通す声、夫《それ》からクリスマス樹《トリイ》――さう云ふ賑かな周囲の中に自分は苦《にが》い顔をして、いやいやその原稿用紙と万年筆とを受取つた。それで書いたのが、この何枚かの愚にもつかない饒舌《ぜうぜつ》である。だから孟浪杜撰《まうらうづざん》の責《せめ》は寧《むし》ろ今自分の前に坐つてゐる、容貌|魁梧《くわいご》な紳士にあつて、これを書いた自分にはない。



底本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房
   1971(昭和46)年6月5日初版第1刷発行
   1979(昭和54)年4月10日初版第11刷発行
入力:土屋隆
校正:松永正敏
2007年6月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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