恤ユなく掻きたくなる。所が人間と云ふものはよくしたもので、痒い痒いと思つて掻いてゐる中に、自然と掻いた所が、熱を持つたやうに温くなつてくる。そこで温くなつてくれば、睡くなつて来る。睡くなつて来れば、痒いのもわからない。――かう云ふ調子で、虱さへ体に沢山ゐれば、睡《ね》つきもいいし、風もひかない。だからどうしても、虱飼ふべし、狩るべからずと云ふのである。……
「成程、そんなものでこざるかな。」同役の二三人は、森の虱論を聞いて、感心したやうに、かう云つた。

       三

 それから、その船の中では、森の真似をして、虱を飼ふ連中が出来て来た。この連中も、暇さへあれば、茶呑茶碗を持つて虱を追ひかけてゐる事は、外の仲間と別に変りがない。唯、ちがふのは、その取つた虱を、一々|刻銘《こくめい》に懐《ふところ》に入れて、大事に飼つて置く事だけである。
 しかし、何処《いづく》の国、何時の世でも、〔Pre'curseur〕 の説が、そのまま何人にも容れられると云ふ事は滅多にない。船中にも、森の虱論にの説が、そのまま何人《なんぴと》にも容れられると云ふ事は滅多にない。船中にも、森の虱論に反対する、Pharisien が大勢ゐた。
 中でも筆頭第一の Pharisien は井上典蔵と云ふ御徒士《おかち》である。これも亦《また》妙な男で、虱をとると必ず皆食つてしまふ。夕がた飯をすませると、茶呑茶碗を前に置いて、うまさうに何かぷつりぷつり噛んでんでゐるから、側へよつて茶碗の中を覗いて見ると、それが皆、とりためた虱である。「どんな味でござる?」と訊くと、「左様さ。油臭い、焼米のやうな味でござらう」と云ふ。虱を口でつぶす者は、何処にでもゐるが、この男はさうではない。全く点心《てんしん》を食ふ気で、毎日虱を食つてゐる。――これが先《まづ》、第一に森に反対した。
 井上のやうに、虱を食ふ人間は、外に一人もゐないが、井上の反対説に加担をする者は可成《かなり》ゐる。この連中の云ひ分によると、虱がゐたからと云つて、人間の体は決して温まるものではない。それのみならず、孝経にも、身体髪膚之《しんたいはつぷこれ》を父母に受く、敢《あへ》て毀傷《きしやう》せざるは孝の始なりとある。自《みづから》、好んでその身体を、虱如きに食はせるのは、不孝も亦甚しい。だから、どうしても虱狩るべし。飼ふべからずと云ふのである
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