タイ・ピンは?」
 僕は小声にこう言った後、忽《たちま》ちピンだと思ったのは巻煙草《まきたばこ》の火だったのを発見した。すると妻は袂《たもと》を銜《くわ》え、誰《たれ》よりも先に忍び笑いをし出した。が、その男はわき目もふらずにさっさと僕等とすれ違って行った。
「じゃおやすみなさい。」
「おやすみなさいまし。」
 僕等は気軽にO君に別れ、松風の音の中を歩いて行った。その又松風の音の中には虫の声もかすかにまじっていた。
「おじいさんの金婚式はいつになるんでしょう?」
「おじいさん」と云うのは父のことだった。
「いつになるかな。………東京からバタはとどいているね?」
「バタはまだ。とどいているのはソウセェジだけ。」
 そのうちに僕等は門の前へ――半開きになった門の前へ来ていた。



底本:「昭和文学全集 第1巻」小学館
   1987(昭和62)年5月1日初版第1刷発行
親本:岩波書店刊「芥川龍之介全集」
   1977(昭和52)年〜1978(53)年
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月24日公開
2004年3月9日修正
青空文庫作成ファイル:
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