《ぎよく》の文鎮《ぶんちん》を置いた一綴りの原稿用紙――机の上にはこの外《ほか》に老眼鏡《ろうがんきやう》が載せてある事も珍しくない。その真上《まうえ》には電灯が煌々《くわうくわう》と光を放つてゐる。傍《かたはら》には瀬戸火鉢《せとひばち》の鉄瓶が虫の啼くやうに沸《たぎ》つてゐる。もし夜寒《よさむ》が甚しければ、少し離れた瓦斯煖炉《ガスだんろ》にも赤々と火が動いてゐる。さうしてその机の後《うしろ》、二枚重ねた座蒲団の上には、何処《どこ》か獅子《しし》を想はせる、脊の低い半白《はんぱく》の老人が、或は手紙の筆を走らせたり、或は唐本《たうほん》の詩集を飜《ひるがえ》したりしながら、端然《たんぜん》と独り坐つてゐる。……
 漱石山房《そうせきさんぼう》の秋の夜《よ》は、かう云ふ蕭條《せうでう》たるものであつた。



底本:「芥川龍之介作品集第三巻」昭和出版社
   1965(昭和40)年12月20日発行
※底本の「軒光《のきさき》」「殆《ほと》ど」「飜《ひるが》したり」はそれぞれ、「軒先《のきさき》」「殆《ほとん》ど」「飜《ひるがえ》したり」にあらためました。
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月26日公開
2003年10月7日修正
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