利害を超越した情熱に富んでゐることは常に政治家よりも高尚である。

       事実

 しかし紛々たる事実の知識は常に民衆の愛するものである。彼等の最も知りたいのは愛とは何かと言ふことではない。クリストは私生児かどうかと言ふことである。

       武者修業

 わたしは従来武者修業とは四方の剣客と手合せをし、武技を磨くものだと思つてゐた。が、今になつて見ると、実は己ほど強いものの余り天下にゐないことを発見する為にするものだつた。――宮本武蔵伝読後。

       ユウゴオ

 全フランスを蔽ふ一片のパン。しかもバタはどう考へても、余りたつぷりはついてゐない。

       ドストエフスキイ

 ドストエフスキイの小説はあらゆる戯画に充ち満ちてゐる。尤《もつと》もその又戯画の大半は悪魔をも憂鬱にするに違ひない。

       フロオベル

 フロオベルのわたしに教へたものは美しい退屈もあると言ふことである。

       モオパスサン

 モオパスサンは氷に似てゐる。尤も時には氷砂糖にも似てゐる。

       ポオ

 ポオはスフインクスを作る前に解剖学を研究した。
前へ 次へ
全69ページ中42ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング