らば唯かう申します。シヤルル六世は気違ひだつたと。」アベ・シヨアズイはこの答を一生の冒険の中に数へ、後のちまでも自慢にしてゐたさうである。
 十七世紀の仏蘭西はかう云ふ逸話の残つてゐる程、尊王の精神に富んでゐたと云ふ。しかし二十世紀の日本も尊王の精神に富んでゐることは当時の仏蘭西に劣らなさうである。まことに、――欣幸《きんかう》の至りに堪へない。

       創作

 芸術家は何時も意識的に彼の作品を作るのかも知れない。しかし作品そのものを見れば、作品の美醜の一半は芸術家の意識を超越した神秘の世界に存してゐる。一半?、或は大半と云つても好い。
 我我は妙に問ふに落ちず、語るに落ちるものである。我我の魂はをのづから作品に露るることを免れない。一刀一拝した古人の用意はこの無意識の境に対する畏怖を語つてはゐないであらうか?
 創作は常に冒険である。所詮は人力を尽した後、天命に委かせるより仕方はない。
[#天から2字下げ]少時学語苦難円《せうじごをまなんでゑんなりがたきをくるしむ》 唯道工夫半未全《ただいふくふうなかばいまだまつたからずと》 到老始知非力取《らうにいたつてはじめてしるりよく
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