にも弱味を見すべき場合ではないので、無理に元気の好い声を出しながら、「何、そんなに心配おしでない。長い間にはまた何とか分別もつこうと云うものだから。」と、一時のがれの慰めを云いますと、お敏はようやく涙をおさめて、新蔵の膝を離れましたが、それでもまだ潤み声で、「それは長い間でしたら、どうにかならない事もございますまいが、明後日の夜はまた家の御婆さんが、神を下すと云って居りましたもの。もしその時私がふとした事でも申しましたら――」と、術なさそうに云うのです。これには新蔵も二度|吐胸《とむね》を衝いて、折角のつけ元気さえ、全く沮喪《そそう》せずにはいられませんでした。明後日と云えば、今日明日の中に、何とか工夫《くふう》をめぐらさなければ、自分は元よりお敏まで、とり返しのつかない不幸の底に、沈淪しなければなりますまい。が、たった二日の間に、どうしてあの怪しい婆を、取って抑える事が出来ましょう。たとい警察へ訴えたにしろ、幽冥《ゆうめい》の世界で行われる犯罪には、法律の力も及びません。そうかと云って社会の輿論《よろん》も、お島婆さんの悪事などは、勿論|哂《わら》うべき迷信として、不問に附してしまう
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