は人間の眼に見えない物も、夕暗にまぎれる蝙蝠《こうもり》ほどは、朧げにしろ、彷彿《ほうふつ》と見えそうな気がしたからです。
が、東京の町で不思議なのは、銀座通りに落ちている紙屑ばかりじゃありません。夜更けて乗る市内の電車でも、時々尋常の考に及ばない、妙な出来事に遇うものです。その中でも可笑《おか》しいのは人気《ひとけ》のない町を行く赤電車や青電車が、乗る人もない停留場へちゃんと止まる事でしょう。これも前の紙屑同様、疑わしいと御思いになったら、今夜でもためして御覧なさい。同じ市内の電車でも、動坂線《どうざかせん》と巣鴨線《すがもせん》と、この二つが多いそうですが、つい四五日前の晩も、私の乗った赤電車が、やはり乗降りのない停留場へぱったり止まってしまったのは、その動坂線の団子坂下《だんござかした》です。しかも車掌がベルの綱へ手をかけながら、半ば往来の方へ体を出して、例のごとく「御乗りですか。」と声をかけたじゃありませんか。私は車掌台のすぐ近くにいましたから、すぐに窓から外を覗いて見ました。と、外は薄雲のかかった月の光が、朦朧《もうろう》と漂っているだけで、停留場の柱の下は勿論、両側の町家
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