ました。
さて日本橋の家へ帰って、明くる日起きぬけに新聞を見ると、果して昨夜竪川に身投げがあった。――それも亀沢《かめざわ》町の樽屋の息子で、原因は失恋、飛びこんだ場所は、一の橋と二の橋との間にある石河岸と出ているのです。それが神経にこたえたのでしょう。新蔵は急に熱が出て、それから三日ばかりと云うものは、ずっと床についていました。が、寝ていても気にかかるのは、申すまでもなくお敏の事で、勿論今となって見れば、何も相手が心変りをしたと云う訣《わけ》じゃなく、突然暇をとったのも、二度とこの界隈へ来てくれるなと云ったのも、皆お島婆さんの作略に相異ないのですから、今更のようにお敏を疑ったのが恥しくもなって来ますし、また一方ではこの自分に何の怨《うらみ》もないお島婆さんが、何故そんな作略をめぐらすのだか、不思議で仕方がなかったそうです。それにつけても人一人身投げをさせて見ているような、鬼婆と一しょにいるのじゃ、今にもお敏は裸のまま、婆娑羅《ばさら》の大神が祭ってある、あの座敷の古柱へ、ぐるぐる巻に括《くく》りつけられて、松葉燻《まつばいぶ》しぐらいにはされ兼ねますまい。そう思うともう新蔵は、おち
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