光が薄れるかと思うほど、凄《すさま》しげな心もちがして来たそうです。
が、勿論それくらいな事は、重々覚悟の前でしたから、「じゃ一つ御覧を願いたい。縁談ですがね。」と、きっぱり云った。――その言葉が聞えないのか、お島婆さんはやっと薄眼を開いて、片手を耳へ当てながら、「何の、縁談の。」と繰返しましたが、やはり同じようなぼやけた声で、「おぬし、女が欲しいでの。」と、のっけから鼻で笑ったと云います。新蔵はじりじり業の煮えるのをこらえながら、「欲しいからこそ、見て貰うんです。さもなけりゃ、誰がこんな――」と、柄《がら》にもない鉄火な事を云って、こちらも負けずに鼻で笑いました。けれども婆は自若として、まるで蝙蝠《こうもり》の翼のように、耳へ当てた片手を動かしながら、「怒らしゃるまいてや。口が悪いはわしが癖じゃての。」と、まだ半ばせせら笑うように、新蔵の言葉を遮《さえぎ》りましたが、それでもようやく調子を改めて、「年はの。」と、仔細《しさい》らしく尋ねたそうです。「男は二十三――酉年です。」「女はの。」「十七。」「卯年よの。」「生れ月《づき》は――」「措《お》かっしゃい。年ばかりでも知りょうての。
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