恐れるものか。」と、うっちゃるように答えましたが、泰さんは反ってその返事に人の悪るそうな眼つきを返しながら、「何さ。婆さんを見たんじゃ驚くまいが、ここには君なんぞ思いもよらない、別嬪《べっぴん》が一人いるからね。それで御忠告に及んだんだよ。」と、こう云う内にもう格子へ手をかけて、「御免。」と、勢の好い声を出しました。するとすぐに「はい。」と云う、含み声の答があって、そっと障子を開けながら、入口の梱《しきみ》に膝をついたのは、憐《しおら》しい十七八の娘です。成程これじゃ、泰さんが、「驚くな」と云ったのも、さらに不思議はありません。色の白い、鼻筋の透った、生際《はえぎわ》の美しい細面で、殊に眼が水々しい。――が、どこかその顔立ちにも、痛々しい窶《やつ》れが見えて、撫子《なでしこ》を散らしためりんすの帯さえ、派手《はで》な紺絣の単衣の胸をせめそうな気がしたそうです。泰さんは娘の顔を見ると、麦藁帽子を脱ぎながら、「阿母《おっか》さんは?」と尋ねました。すると娘は術なさそうな顔をして、「生憎《あいにく》出まして留守でございますが。」と、さも自分が悪い事でもしたように、※[#「目+匡」、第3水準1
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