はない洋画同様な日本画の如く、私は唯好奇心を動かすだけに止まつたであらう。けれども龍村さんの帯地の中には、それらの芸術品の特色を巧に捉へ得たが為に、織物本来の特色がより豊富な調和を得た、殆ど甚深微妙とも形容したい、恐るべき芸術的完成があつた。私は何よりもこの芸術的完成の為に、頭を下げざるを得なかつたのである。遠慮なく云へば、鉅万《きよまん》の市価を得た足利時代の能衣裳の前よりも、この前には更に潔く、頭を下げざるを得なかつたのである。
私が龍村さんを推称する理由は、この感服の外に何もない。が、この感服は私にとつて厳乎《げんこ》として厳たる事実である。だから私は以上述べた私の経験を提《ひつさ》げて、広く我東京日々新聞の読者諸君に龍村さんの芸術へ注目されん事を希望したい。殊に「日々文芸」と縁の深い文壇の諸君子には、諸君子と同じく芸術の為に、焦慮し、悪闘し、絶望し、最後に一新生面を打開し得た、その尊敬すべきコンフレエルの事業に、一層の留意を請ひたいと思ふ。何故と云へば私の知つてゐる限りで、屡《しばしば》諸君子の間に論議される天才の名に価するものには、まづ第一に龍村平蔵さんを数へなければならないからである。
底本:「芥川龍之介全集 第五巻」岩波書店
1996(平成8)年3月8日発行
入力:もりみつじゅんじ
校正:松永正敏
2002年5月17日作成
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