]の先《さき》に、重たくうす暗《くら》い雲《くも》を支へてゐる。
 どうにもならない事を、どうにかする爲には、手段《しゆだん》を選んでゐる遑《いとま》はない。選んでゐれば、築土《ついぢ》の下か、道ばたの土の上で、饑死《うゑじに》をするばかりである。さうして、この門の上へ持つて來て、犬《いぬ》のやうに棄《す》てられてしまふばかりである。選《えら》ばないとすれば――下人の考へは、何度《なんど》も同じ道を低徊した揚句《あげく》に、やつとこの局所へ逢着《はうちやく》した。しかしこの「すれば」は、何時《いつ》までたつても、結局「すれば」であつた。下人は、手段《しゆだん》を選ばないといふ事を肯定《こうてい》しながらも、この「すれば」のかたをつける爲に、當然《たうぜん》、その後に來る可き「盗人《ぬすびと》になるより外に仕方《しかた》がない」と云ふ事を、積極的《せきゝよくてき》に肯定する丈の、勇氣が出ずにゐたのである。
 下人は、大きな嚏《くさめ》をして、それから、大儀さうに立上つた。夕冷《ゆふひ》えのする京都は、もう火桶《ひをけ》が欲しい程の寒さである。風は門の柱《はしら》と柱との間を、夕闇と共に遠慮なく、吹きぬける。丹塗《にぬり》の柱にとまつてゐた蟋蟀《きり/″\す》も、もうどこかへ行つてしまつた。
 下人は、頸をちゞめながら、山吹の汗衫《かざみ》に重ねた、紺の襖の肩を高《たか》くして門のまはりを見まはした。雨風《あめかぜ》の患のない、人目にかゝる惧のない、一|晩《ばん》樂《らく》にねられさうな所があれば、そこでともかくも、夜《よ》を明《あ》[#ルビの「あ」は底本では「あか」]かさうと思つたからである。すると、幸門の上の樓《ろう》へ上る、幅の廣い、之も丹を塗つた梯子《はしご》が眼についた。上《うへ》なら、人がゐたにしても、どうせ死人《しにん》ばかりである。下人は、そこで腰にさげた聖柄《ひぢりづか》の太刀が鞘走らないやうに氣をつけながら、藁草履《わらざうり》をはいた足を、その梯子の一|番下《ばんした》の段へふみかけた。
 それから、何分《なんぷん》かの後である。羅生門の樓の上へ出る、幅《はゞ》の廣い梯子の中段に、一人の男が、猫《ねこ》のやうに身をちゞめて、息《いき》を殺しながら、上の容子《ようす》を窺つてゐた。樓の上からさす火《ひ》の光《ひかり》が、かすかに、その男の右の頬《ほゝ
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