義者、気質上のロマン主義者、哲学上の懐疑主義者|等《とう》、等、等、――それは格別|差支《さしつか》へない。しかしその何人かの僕自身がいつも喧嘩するのに苦しんでゐる。
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僕は未知《みち》の女から手紙か何か貰つた時、まづ考へずにゐられぬことはその女の美人かどうかである。
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あらゆる言葉は銭のやうに必ず両面を具へてゐる。僕は彼を「見えばう」と呼んだ。しかし彼はこの点では僕と大差のある訣《わけ》ではない。が、僕自身に従へば、僕は唯「自尊心の強い」だけである。
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僕は医者に容態を聞かれた時、まだ一度も正確に僕自身の容態を話せたことはない。従つて※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]《うそ》をついたやうな気ばかりしてゐる。
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僕は僕の住居《すまひ》を離れるのに従ひ、何か僕の人格も曖昧《あいまい》になるのを感じてゐる。この現象が現れるのは僕の住居を離れること、三十|哩《マイル》前後に始まるらしい。
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僕の精神的生活は滅多《めつた》にちやんと歩いた[#「歩いた」に傍点]ことはない。いつも蚤のやうに跳ねる[#「跳ねる」に傍点]だけである。
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僕は見知越しの人に会ふと、必ずこちらからお時宜《じぎ》をしてしまふ。従つて向うの気づかずにゐる時には「損をした」と思ふこともないではない。[#地から1字上げ](大正一五・一二・四)
底本:「芥川龍之介作品集第四巻」昭和出版社
1965(昭和40)年12月20日発行
※底本の「羅馬字《ロオてじ》」は、「羅馬字《ロオマじ》」にあらためました。
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月27日公開
2003年10月20日修正
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