げ、蒼生をして衆星の北斗に拱ふが如くならしむるカブールが大略あるにあらず。辣快、雄敏、鬻拳の兵諫を敢てして顧みざる、石火の如きマヂニーの侠骨あるのみ。彼は寿永革命の大勢より生れ、其大勢を鼓吹したり。あらず其大勢に乗じたり。彼は革命の鼓舞者にあらず、革命の先動者也。彼の粟津に敗死するや、年僅に三十一歳。而して其天下に馳鶩したるは木曾の挙兵より粟津の亡滅に至る、誠に四年の短日月のみ。彼の社会的生命はかくの如く短少也。しかも彼は其炎々たる革命的精神と不屈不絆の野快とを以て、個性の自由を求め、新時代の光明を求め、人生に与ふるに新なる意義と新なる光栄とを以てしたり。彼の一生は失敗の一生也。彼の歴史は蹉跌の歴史也。彼の一代は薄幸の一代也。然れども彼の生涯は男らしき生涯也[#「男らしき生涯也」に傍点]。
彼の一生は短かけれども彼の教訓は長かりき。彼の燃したる革命の聖壇の霊火は煌々として消ゆることなけむ。彼の鳴らしたる革命の角笛の響は嚠々として止むことなけむ。彼逝くと雖も彼逝かず。彼が革命の健児たるの真骨頭は、千載の後猶残れる也。かくして粟津原頭の窮死、何の憾む所ぞ。春風秋雨七百歳、今や、聖朝の徳沢一
前へ 次へ
全70ページ中69ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング