起居振舞の無骨さ、物云ひたる言葉つきの片口なる事限りなし」と嘲侮したり。葡萄美酒夜光杯、珊瑚の鞭を揮つて青草をふみしキヤバリオルの眼よりして、此木曾山間のラウンドヘツドを見る、彼等が義仲を「袖のかゝり、指貫のりんに至るまでかたくななることかぎりなし」と罵りたる、寧ろ当然の事のみ。しかも彼は誠に野性の心を有したりき。彼は常に自ら顧て疚しき所あらざりき。彼は自ら甘ぜむが為には如何なる事をも忌避するものにはあらざりき。彼は不臣の暴行を敢てしたり。然れども、彼が自我の流露に任せて得むと欲するを得、為さむと欲するを為せる、公々然として其間何等の粉黛の存するを許さざりき。彼は小児の心を持てる大人也。怒れば叫び、悲めば泣く、彼は実に善を知らざると共に悪をも亦知らざりし也。然り彼は飽く迄も木曾山間の野人也。同時に当代の道義を超越したる唯一個の巨人也。
猫間黄門の彼を訪ふや、彼左右を顧て「猫は人に対面するか」と尋ねたりき。彼は鼓判官知康の院宣を持して来れるに問ひて「わどのを鼓判官と云ふは、万の人に打たれたうたか、張られたうたか」と云ひたりき。彼の牛車に乗ずるや、「いかで車ならむからに、何条素通りをばすべ
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