辞を低うして一門の為に図つて忠なる、斯くの如し。啻に辞を低うするに止らず、一片稜々の意気止むべからずして愛子を頼朝の手に委したるが如き、赤誠の人を撼す、真に銀河の九天より落つるが如き概あり。
再云ふ彼は真に熱情の人也。実盛の北陸に死するや、彼其首級を抱いて※[#「沙」の「少」に代えて「玄」、第3水準1−86−62]然として泣けり。水島の戦に瀬尾主従の健闘して仆るゝや、彼「あつぱれ強者や。助けて見て。」と歎きたりき。陣頭剣を交ふる敵を見る尚かくの如し。彼が士卒に対して厚かりしや知るべきのみ。彼が旗下は彼が為に「死且不辞」の感激を有したりき。彼敢て人を容るゝこと光風の如き襟懐あるにあらず。敢て又、人を服せしむる麒麟の群獣に臨むが如き徳望あるにあらず。彼の群下に対する、唯意気相傾け、痛涙相流るゝところ、烈々たる熱情の直に人をして知遇の感あらしむるによるのみ。彼が旗下の桃李寥々たりしにも関らず、四郎兼平の如き、次郎兼光の如き、はた大弥太行親の如き、一死を以て彼に報じたる、是を源頼朝が源九郎を赤族し、蒲冠者を誅戮し、蔵人行家を追殺し、彼等をして高鳥尽きて良弓納めらるゝの思をなさしめたるに比すれば
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