ならず、帷幄の密謀をも彼に漏したり。然れ共、行家は、一筋繩ではゆかぬ老奸雄なりき。彼は革命軍の褊裨を以て甘ぜむには、余りに漫々たる野心と、老狐の如き姦策とに富みたりき。彼は、義仲の法皇を擁して北越に走らむとするを知るや、竊に之を法皇に奏したり。而して法皇の、人をして、義仲を詰らしめ給ふや、彼は平氏追討を名として、播磨国に下り、舌を吐くこと三寸、義仲の命運の窮せむとするを喜びたりき。義仲が相提携して進みたる行家は、かくして彼の牙門を去れり。しかも、東国を望めば、源軍のリユーポルト、九郎義経は、源兵衛佐の命を奉じて、帯甲百万、鼓声地を撼して将に洛陽にむかつて発せむとす。彼の悲運、豈、憫むべからざらむや。
かくの如くにして彼は歩一歩より、死地に近づき来れり。然れ共彼は猶、防禦的態度を持したりき。彼は猶従順なる大樹なりき。然り、彼は猶、陰謀の挑発者にあらずして、陰謀の防禦者なりき。しかも、彼をして、弓を法皇にひかしめたるは、実に、法皇の義仲に対してとり給へる、攻撃的の態度に存したりき。而して、法皇をして義仲追討の挙に出でしめたるは、軽佻、浮薄、無謀の愚人、嘗て義仲の為に愚弄せられたるを含める斗
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