き也。北陸既に定まり、兵甲既に足る。彼は速に、遠馭長駕、江河の堤を決するが如き勢を以て京師に侵入せむと欲したり。而して大牙未南に向はざるに先だち、恰も関八州を席の如く巻き将に東海道を西進せむとしたる源兵衛佐頼朝によつて送られたる一封の書簡は、彼の征南をして止めしめたり。書に曰、
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平家朝威を背き奉り、仏法を亡すによりて、源家同姓のともがらに仰せて、速に追討すべき由、院宣を下され了ンぬ。尤も夜を以て日についで、逆臣を討ちて、宸襟をやすめ奉るべきのところ、十郎蔵人私のむほんを起し、頼朝追討の企ありと聞ゆ。然るをかの人に同心して扶持し置かるゝの条、且は一門不合、且は平家のあざけりなり。但、御所存をわきまへず、もし異なること仔細なくば、速に蔵人を出さるゝか、それさもなくば、清水殿(義仲の子清水冠者義高)をこれへ渡し玉へ、父子の義をなし奉るべし。両条の内一も、承認なくンば、兵をさしつかはして、誅し奉るべし。
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是、実に彼にとりては不慮の云ひがかりなりし也。蓋し、頼朝の彼に平ならざる所以は、啻に、頼朝と和せずして去りたる十郎蔵人行家が、彼の陣中に投じた
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