て砕けたり。棟梁の材既になし、かくして誰か成功を百里の外に期するものぞ。見よ見よ西海の没落は刻々眉端に迫れる也。
入道相国逝いて宗盛次いで立つ。然れども彼は不肖の子なりき。彼は経世的手腕と眼孔とに於ては殆ど乃父浄海の足下にも及ぶ能はざりき。彼は興福東大両寺の荘園を還附し、宣旨を以て三十五ヶ国に諜し興福寺の修造を命ぜしめしが如き、仏に佞し僧に諛ひ、平門の威武を墜さしむる、是より大なるは非ず。彼は直覚的烱眼に於ては乃父に劣る事遠く、天下の大機を平正穏当の間に補綴し、人をして其然るを覚えずして然らしむる、活滑なる器度に於ては、重盛に及ばず。懸軍万里、計を帷幄の中にめぐらし、勝を千里の外に決する将略に於ては我義仲に比肩する能はず。しかも猶、其不学、無術を以て、天下の革命軍に対せむとす。是、赤手を以て江河を支ふるの難きよりも、難き也。泰山既に倒れ豎子台鼎の重位に上る、革命軍の意気は愈※[#二の字点、1−2−22]昂れり。しかも、此時に於て平氏に致命の打撃を与へたるは、実に其財政難なりき。平家物語の著者をして「おそらくは、帝闕も仙洞もこれにはすぎじとぞ見えし」と、驚歎せしめたる一門の栄華は、遂に平
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