、之と戦ふを辞せざる也。見よ、西乗坊信救は、「太政入道浄海は、平家の糟糠、武家の塵芥」と痛罵して、憚らざりしにあらずや。彼の眼よりすれば、海内の命を掌握に断ぜる入道相国も、唯是剛情なる老黄牛に過ぎざる也。しかも彼等は、平刑部卿忠盛が、弓を祇園の神殿にひきしより以来、平氏に対して止むべからざる怨恨を抱き、彼等の怨恨は、平氏の常に執り来れる高圧的手段によつて、更に万斛の油を注がれたるをや。所謂、青天に霹靂を下し、平地に波濤を生ずるを顧みざる彼等にして、危険なる不平と恐怖すべき兵力を有し、しかも、触るれば手を爛焼せむとする、宗教的赤熱を帯ぶ、天下一朝動乱の機あれば、彼等が疾風の如く起つて平氏に抗するは、智者を待つて後始めて、知るにあらざる也。
かくの如くにして、卿相の反感と、院の近臣の陰謀とは、疎胆、雄心の入道相国をして、遂に福原遷都の窮策に出で、僅に其横暴を免れしめたる、烈々たる僧兵の不平と一致したり。しかも、平氏は独り彼等の反抗を招きたるに止らず、今や入道相国の政策の成功は、彼が満幅の得意となり、彼が満幅の得意は彼が空前の栄華となり、彼が空前の栄華は、時人をして「入る日をも招き返さむず勢
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