両立する能はざる天下太平を齎せり。天下太平は物質的文明の進歩を齎し、物質的文明の進歩は富の快楽を齎せり。単に富の快楽を齎せるのみならず、富の渇想を齎せり。単に富の渇想を齎せるのみならず、又実に富の崇拝を齎し来れり。長刀短褐、笑つて死生の間に立てる伊勢平氏の健児を中心として組織したる社会にして、是に至る、焉ぞ傾倒を来さざるを得むや。平氏が藤門の長袖公卿を追ひて一門廟廊に満つるの成功を恣にせるは、唯彼等が剛健なりしを以て也。唯彼等が粗野なりしを以て也。唯彼等が菜根を噛み得しを以て也。詳に云へば、唯彼等が、東夷西戎の遺風を存せしを以て也。彼等は富貴の尊ぶべきを知らず、彼等は官爵の拝すべきを解せず、彼等は唯、馬首一度敵を指せば、死すとも亦退くべからざるを知るのみ。しかも往年の高平太が一躍して太政大臣の印綬を帯ぶるや、彼等は彼等を囲繞する社会に、黄金の勢力を見、紫綬の勢力を見、王笏の勢力を見たり。彼等は、管絃を奏づる公子を見、詩歌を弄べる王孫を見、長紳を※[#「てへん+施のつくり」、第3水準1−84−74]ける月卿を見、大冠を頂ける雲客を見たり。約言すれば彼等は始めて富の快楽に接したり。富の快楽
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