る波濤の勇士は、遂に、連勝の余威に乗じたる義仲の軍鋒を破れり。源軍首を得らるゝもの三千余級、白旄地に委して、平軍の意気大に振ふ。彼が百勝将軍の名誉は、此一敗によつて汚されたり。彼は、更に精鋭を率ゐて平軍と雌雄を決せむと欲したり。然れども、彼は、頼朝の大挙、彼が背を討たむとするを聞きて危機既に一髪を容れざるを知り、水島の敗辱を雪ぐに遑あらずして、倉皇として京師に帰れり。是実に寿永二年十一月十五日、法住寺の変に先つこと僅に三日。彼は京師に帰ると共に、直に頼朝に応戦せむと試みたり。
此時に於て、彼をして此計画の断行を止めしめしものは、実に、十郎蔵人行家の反心なりき。行家はもと頼朝と和せずして、義仲の軍中に投ぜしもの、情の人たる義仲は、一門の長老として常に之を厚遇したり。彼が北陸の革命軍を提げて南を図るや、行家亦、※[#「金+(鹿/れっか)」、第3水準1−93−42]を彼と並べて進みたりき。彼が、緋甲白馬、得々として洛陽に入るや、行家亦肩を彼と比して朝恩に浴したりき。
行家の義仲に於ける交誼かくの如し。而して多恨多涙、人の窮を見る己の窮を見るが如き、義仲は、常に行家を信頼したり。信頼したるのみならず、帷幄の密謀をも彼に漏したり。然れ共、行家は、一筋繩ではゆかぬ老奸雄なりき。彼は革命軍の褊裨を以て甘ぜむには、余りに漫々たる野心と、老狐の如き姦策とに富みたりき。彼は、義仲の法皇を擁して北越に走らむとするを知るや、竊に之を法皇に奏したり。而して法皇の、人をして、義仲を詰らしめ給ふや、彼は平氏追討を名として、播磨国に下り、舌を吐くこと三寸、義仲の命運の窮せむとするを喜びたりき。義仲が相提携して進みたる行家は、かくして彼の牙門を去れり。しかも、東国を望めば、源軍のリユーポルト、九郎義経は、源兵衛佐の命を奉じて、帯甲百万、鼓声地を撼して将に洛陽にむかつて発せむとす。彼の悲運、豈、憫むべからざらむや。
かくの如くにして彼は歩一歩より、死地に近づき来れり。然れ共彼は猶、防禦的態度を持したりき。彼は猶従順なる大樹なりき。然り、彼は猶、陰謀の挑発者にあらずして、陰謀の防禦者なりき。しかも、彼をして、弓を法皇にひかしめたるは、実に、法皇の義仲に対してとり給へる、攻撃的の態度に存したりき。而して、法皇をして義仲追討の挙に出でしめたるは、軽佻、浮薄、無謀の愚人、嘗て義仲の為に愚弄せられたるを含める斗
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