らべて十万余騎、今日は西海の波に纜を解きて七千余人、保元の昔は春の花と栄えしかども、寿永の今は、秋の紅葉と落ちはてぬ。」然り、平氏は、遂に、久しく予期せられたる没落の悲運に遭遇したり。
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ふるさとを焼野のはらとかへり見て末もけぶりの
波路をぞゆく
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三 最後
鳳闕の礎空しく残りて、西八条の余燼、未暖なる寿永二年七月二十六日、我木曾冠者義仲は、白馬金鞍、揚々として、彼が多年、夢寐の間に望みたる洛陽に入れり。超えて八月十日、左馬頭兼伊予守に拝せられ、虎符を佩び皐比に坐し、号して旭日将軍と称しぬ。今や、彼が得意は其頂点に達したり。彼は其熱望したるが如く遂に桂冠を頂けり。寿永の革命はかくして彼が凱歌の下に其局を結びたり。然りと雖も、彼と頼朝とが、相応呼して、猟し得たる中原の鹿は、果して何人の手中にか落ちむとする。若し彼にして之を得む乎、野心満々たる源家の呉児にして焉ぞ、手を袖にして、傍観せむや。若し頼朝にして之を得む乎、固より火の如き血性の彼の黙して止むべきにあらず。双虎一羊を争ふ、彼等が剣を横へて陣頭に相見る日の近きや知るべきのみ。しかも、シシリーに破れたるカルセーヂは、暫く蟄して大ローマの轅門に降ると雖も、捲土重来、幢戟南伊太利の原野に満ちて、再カンネーに会稽の恥を雪がずンばやまず。鳳輦西に向ひて、西海に浮びたる平氏は、九州四国の波濤の健児を糾合して、鸞旗を擁し征帆をかゝげ、更に三軍を従へて京師に迫るの日なくンばやまず。風雪将に至らむとして、氷天霰を飛ばす、義仲の成功と共に動乱の気運は、再洪瀾の如く漲り来れり。
然り、彼は成功と共に失敗を得たり。彼が粟津の敗死は既に彼が、懸軍長駆、白旗をひるがへして洛陽に入れるの日に兆したり。彼は、其勃々たる青雲の念をして満足せしむると同時に、彼の位置の頗る危険なるを感ぜざる能はざりき。彼は北方の強たる革命軍を率ゐて洛陽に入れり、而して、洛陽は、彼等が住すべきの地にはあらざりき。剣と酒とを愛する北国の健児は、其兵糧の窮乏を感ずると共に、直に市邑村落を掠略したり。彼等のなす所は飽く迄も直截にして、且飽く迄も乱暴なりき。彼等は、馬を青田に放つて秣ふを憚らざりき。彼等は伽藍を壊ちて、薪とするを恐れざりき。
彼等は、彼等の野性を以て、典例と儀格とを重ンずる京洛の人心をして聳動せしめたり
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