声が起り始めた。と云うのは、あれほど発音の妙を極めた先生も、いざ翻訳をするとなると、ほとんど日本人とは思われないくらい、日本語の数を知っていない。あるいは知っていても、その場に臨んでは急には思い出せないのであろう。たとえばたった一行を訳するにしても、「そこでロビンソン・クルウソオは、とうとう飼う事にしました。何を飼う事にしたかと云えば、それ、あの妙な獣《けだもの》で――動物園に沢山いる――何と云いましたかね、――ええとよく芝居をやる――ね、諸君も知っているでしょう。それ、顔の赤い――何、猿? そうそう、その猿です。その猿を飼う事にしました。」
 勿論猿でさえこのくらいだから、少し面倒な語《ことば》になると、何度もその周囲を低徊した揚句でなければ、容易に然るべき訳語にはぶつからない。しかも毛利先生はその度にひどく狼狽《ろうばい》して、ほとんどあの紫の襟飾《ネクタイ》を引きちぎりはしないかと思うほど、頻《しきり》に喉元《のどもと》へ手をやりながら、当惑そうな顔をあげて、慌《あわただ》しく自分たちの方へ眼を飛ばせる。と思うとまた、両手で禿《は》げ頭を抑えながら、机の上へ顔を伏せて、いかにも面目なさそうに行きづまってしまう。そう云う時は、ただでさえ小さな先生の体が、まるで空気の抜けた護謨風船《ごむふうせん》のように、意気地《いくじ》なく縮《ちぢ》み上って、椅子《いす》から垂れている両足さえ、ぶらりと宙に浮びそうな心もちがした。それをまた生徒の方では、面白い事にして、くすくす笑う。そうして二三度先生が訳読を繰返す間《あいだ》には、その笑い声も次第に大胆になって、とうとうしまいには一番前の机からさえ、公然と湧き返るようになった。こう云う自分たちの笑い声がどれほど善良な毛利先生につらかったか、――現に自分ですら今日《きょう》その刻薄《こくはく》な響を想起すると、思わず耳を蔽《おお》いたくなる事は一再《いっさい》でない。
 それでもなお毛利先生は、休憩時間の喇叭《らっぱ》が鳴り渡るまで、勇敢に訳読を続けて行った。そうして、ようやく最後の一節を読み終ると、再び元のような悠然たる態度で、自分たちの敬礼に答えながら、今までの惨澹《さんたん》たる悪闘も全然忘れてしまったように、落ち着き払って出て行ってしまった。その後《あと》を追いかけてどっと自分たちの間から上った、嵐のような笑い声、わざと
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