後、其処にあつた椅子の上へ、鮮《あざやか》に彼女を掛けさせると、自分は一旦軍服の胸を張つて、それから又前のやうに恭《うやうや》しく日本風の会釈をした。
その後又ポルカやマズユルカを踊つてから、明子はこの仏蘭西の海軍将校と腕を組んで、白と黄とうす紅と三重の菊の籬《まがき》の間を、階下の広い部屋へ下りて行つた。
此処には燕尾服や白い肩がしつきりなく去来する中に、銀や硝子《ガラス》の食器類に蔽《おほ》はれた幾つかの食卓が、或は肉と松露《しようろ》との山を盛り上げたり、或はサンドウイツチとアイスクリイムとの塔を聳《そばだ》てたり、或は又|柘榴《ざくろ》と無花果《いちじゆく》との三角塔を築いたりしてゐた。殊に菊の花が埋め残した、部屋の一方の壁上には、巧な人工の葡萄蔓《ぶだうつる》が青々とからみついてゐる、美しい金色の格子があつた。さうしてその葡萄の葉の間には、蜂の巣のやうな葡萄の房が、累々《るゐるゐ》と紫に下つてゐた。明子はその金色の格子の前に、頭の禿げた彼女の父親が、同年輩の紳士と並んで、葉巻を啣《くは》へてゐるのに遇つた。父親は明子の姿を見ると、満足さうにちよいと頷いたが、それぎり連れ
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