をつけよう。馬の脚でもないよりは好《い》い。ちょっと脚だけ持って来給え。」
二十《はたち》前後の支那人は大机の前を離れると、すうっとどこかへ出て行ってしまった。半三郎は三度《さんど》びっくりした。何《なん》でも今の話によると、馬の脚をつけられるらしい。馬の脚などになった日には大変である。彼は尻もちをついたまま、年とった支那人に歎願した。
「もしもし、馬の脚だけは勘忍《かんにん》して下さい。わたしは馬は大嫌《だいきら》いなのです。どうか後生《ごしょう》一生のお願いですから、人間の脚をつけて下さい。ヘンリイ何《なん》とかの脚でもかまいません。少々くらい毛脛《けずね》でも人間の脚ならば我慢《がまん》しますから。」
年とった支那人は気の毒そうに半三郎を見下《みおろ》しながら、何度も点頭《てんとう》を繰り返した。
「それはあるならばつけて上げます。しかし人間の脚はないのですから。――まあ、災難《さいなん》とお諦《あきら》めなさい。しかし馬の脚は丈夫ですよ。時々|蹄鉄《ていてつ》を打ちかえれば、どんな山道でも平気ですよ。……」
するともう若い下役《したやく》は馬の脚を二本ぶら下げたなり、すうっとまたどこかからはいって来た。ちょうどホテルの給仕などの長靴《ながぐつ》を持って来るのと同じことである。半三郎は逃げようとした。しかし両脚のない悲しさには容易に腰を上げることも出来ない。そのうちに下役は彼の側《そば》へ来ると、白靴や靴下《くつした》を外《はず》し出した。
「それはいけない。馬の脚だけはよしてくれ給え。第一僕の承認を経《へ》ずに僕の脚を修繕《しゅうぜん》する法はない。……」
半三郎のこう喚《わめ》いているうちに下役はズボンの右の穴へ馬の脚を一本さしこんだ。馬の脚は歯でもあるように右の腿《もも》へ食《く》らいついた。それから今度は左の穴へもう一本の脚をさしこんだ。これもまたかぷりと食らいついた。
「さあ、それでよろしい。」
二十前後の支那人は満足の微笑を浮かべながら、爪の長い両手をすり合せている。半三郎はぼんやり彼の脚を眺めた。するといつか白ズボンの先には太い栗毛《くりげ》の馬の脚が二本、ちゃんともう蹄《ひづめ》を並べている。――
半三郎はここまで覚えている。少くともその先はここまでのようにはっきりと記憶には残っていない。何《なん》だか二人の支那人と喧嘩したようにも
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