クくでやめさせるのは悪趣味《あくしゅみ》じゃないか?」
「それじゃ他人の聞きたがらない音楽を金《かね》ずくで聞かせるのも悪趣味だよ。」
グラノフォンはちょうどこの時に仕合せとぱったり音を絶《た》ってしまった。が、たちまち鳥打帽《とりうちぼう》をかぶった、学生らしい男が一人、白銅《はくどう》を入れに立って行った。すると彼は腰を擡《もた》げるが早いか、ダム何《なん》とか言いながら、クルウェットスタンドを投げつけようとした。
「よせよ。そんな莫迦《ばか》なことをするのは。」
僕は彼を引きずるようにし、粉雪《こなゆき》のふる往来へ出ることにした。しかし何か興奮した気もちは僕にも全然ない訣《わけ》ではなかった。僕等は腕を組みながら、傘もささずに歩いて行った。
「僕はこう云う雪の晩などはどこまでも歩いて行《ゆ》きたくなるんだ。どこまでも足の続くかぎりは……」
彼はほとんど叱りつけるように僕の言葉を中断した。
「じゃなぜ歩いて行《ゆ》かないんだ? 僕などはどこまでも歩いて行きたくなれば、どこまでも歩いて行くことにしている。」
「それは余りロマンティックだ。」
「ロマンティックなのがどこが悪い? 歩いて行きたいと思いながら、歩いて行かないのは意気地《いくじ》なしばかりだ。凍死《とうし》しても何《なん》でも歩いて見ろ。……」
彼は突然|口調《くちょう》を変え Brother と僕に声をかけた。
「僕はきのう本国の政府へ従軍したいと云う電報を打ったんだよ。」
「それで?」
「まだ何《なん》とも返事は来ない。」
僕等はいつか教文館《きょうぶんかん》の飾り窓の前へ通りかかった。半《なか》ば硝子《ガラス》に雪のつもった、電燈の明るい飾り窓の中にはタンクや毒瓦斯《どくガス》の写真版を始め、戦争ものが何冊も並んでいた。僕等は腕を組んだまま、ちょっとこの飾り窓の前に立ち止まった。
「Above the War――Romain Rolland……」
「ふむ、僕等には above じゃない。」
彼は妙な表情をした。それはちょうど雄鶏《おんどり》の頸《くび》の羽根を逆立《さかだ》てるのに似たものだった。
「ロオランなどに何がわかる? 僕等は戦争の amidst にいるんだ。」
独逸《ドイツ》に対する彼の敵意は勿論僕には痛切ではなかった。従って僕は彼の言葉に多少の反感の起るのを感じた。同時に
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