と、力一ぱい白へ投げつけました。
「畜生《ちくしょう》! まだ愚図愚図《ぐずぐず》しているな。これでもか? これでもか?」砂利は続けさまに飛んで来ました。中には白の耳のつけ根へ、血の滲《にじ》むくらい当ったのもあります。白はとうとう尻尾《しっぽ》を巻き、黒塀の外へぬけ出しました。黒塀の外には春の日の光に銀の粉《こな》を浴びた紋白蝶《もんしろちょう》が一羽、気楽そうにひらひら飛んでいます。
「ああ、きょうから宿無し犬になるのか?」
 白はため息を洩《も》らしたまま、しばらくはただ電柱の下にぼんやり空を眺めていました。

        三

 お嬢さんや坊ちゃんに逐《お》い出された白は東京中をうろうろ歩きました。しかしどこへどうしても、忘れることの出来ないのはまっ黒になった姿のことです。白は客の顔を映《うつ》している理髪店《りはつてん》の鏡を恐れました。雨上《あまあが》りの空を映している往来《おうらい》の水たまりを恐れました。往来の若葉を映している飾窓《かざりまど》の硝子《ガラス》を恐れました。いや、カフェのテエブルに黒ビイルを湛《たた》えているコップさえ、――けれどもそれが何になりまし
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