ことを一つ教えてやろう。今この夕日の中に立って、お前の影が地に映ったら、その頭に当る所を夜中《よなか》に掘って見るが好い。きっと車に一ぱいの黄金《おうごん》が埋《う》まっている筈《はず》だから」
「ほんとうですか」
 杜子春は驚いて、伏せていた眼を挙《あ》げました。ところが更に不思議なことには、あの老人はどこへ行ったか、もうあたりにはそれらしい、影も形も見当りません。その代り空の月の色は前よりも猶《なお》白くなって、休みない往来の人通りの上には、もう気の早い蝙蝠《こうもり》が二三匹ひらひら舞っていました。

     二

 杜子春は一日の内に、洛陽の都でも唯《ただ》一人という大金持になりました。あの老人の言葉通り、夕日に影を映して見て、その頭に当る所を、夜中にそっと掘って見たら、大きな車にも余る位、黄金が一山出て来たのです。
 大金持になった杜子春は、すぐに立派な家《うち》を買って、玄宗《げんそう》皇帝にも負けない位、贅沢《ぜいたく》な暮しをし始めました。蘭陵《らんりょう》の酒を買わせるやら、桂州《けいしゅう》の竜眼肉《りゅうがんにく》をとりよせるやら、日に四度《よたび》色の変る牡丹《ぼたん》を庭に植えさせるやら、白孔雀《しろくじゃく》を何羽も放し飼いにするやら、玉を集めるやら、錦《にしき》を縫わせるやら、香木《こうぼく》の車を造らせるやら、象牙《ぞうげ》の椅子を誂《あつら》えるやら、その贅沢を一々書いていては、いつになってもこの話がおしまいにならない位です。
 するとこういう噂《うわさ》を聞いて、今までは路《みち》で行き合っても、挨拶《あいさつ》さえしなかった友だちなどが、朝夕遊びにやって来ました。それも一日|毎《ごと》に数が増して、半年ばかり経《た》つ内には、洛陽の都に名を知られた才子や美人が多い中で、杜子春の家へ来ないものは、一人もない位になってしまったのです。杜子春はこの御客たちを相手に、毎日酒盛りを開きました。その酒盛りの又|盛《さかん》なことは、中々《なかなか》口には尽されません。極《ごく》かいつまんだだけをお話しても、杜子春が金の杯《さかずき》に西洋から来た葡萄酒《ぶどうしゅ》を汲《く》んで、天竺《てんじく》生れの魔法使が刀を呑《の》んで見せる芸に見とれていると、そのまわりには二十人の女たちが、十人は翡翠《ひすい》の蓮《はす》の花を、十人は瑪瑙《めの
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