く》を挙げて、顔中の鬚《ひげ》を逆立てながら、
「その方はここをどこだと思う? 速《すみやか》に返答をすれば好し、さもなければ時を移さず、地獄の呵責《かしゃく》に遇《あ》わせてくれるぞ」と、威丈高《いたけだか》に罵《ののし》りました。
が、杜子春は相変らず唇《くちびる》一つ動かしません。それを見た閻魔大王は、すぐに鬼どもの方を向いて、荒々しく何か言いつけると、鬼どもは一度に畏《かしこま》って、忽《たちま》ち杜子春を引き立てながら、森羅殿の空へ舞い上りました。
地獄には誰でも知っている通り、剣《つるぎ》の山や血の池の外にも、焦熱地獄という焔《ほのお》の谷や極寒《ごくかん》地獄という氷の海が、真暗な空の下に並んでいます。鬼どもはそういう地獄の中へ、代る代る杜子春を抛《ほう》りこみました。ですから杜子春は無残にも、剣に胸を貫かれるやら、焔に顔を焼かれるやら、舌を抜かれるやら、皮を剥《は》がれるやら、鉄の杵《きね》に撞《つ》かれるやら、油の鍋《なべ》に煮られるやら、毒蛇に脳味噌《のうみそ》を吸われるやら、熊鷹《くまたか》に眼を食われるやら、――その苦しみを数え立てていては、到底際限がない位、あらゆる責苦《せめく》に遇《あ》わされたのです。それでも杜子春は我慢強く、じっと歯を食いしばったまま、一言《ひとこと》も口を利きませんでした。
これにはさすがの鬼どもも、呆《あき》れ返ってしまったのでしょう。もう一度|夜《よる》のような空を飛んで、森羅殿の前へ帰って来ると、さっきの通り杜子春を階《きざはし》の下に引き据えながら、御殿の上の閻魔大王に、
「この罪人はどうしても、ものを言う気色《けしき》がございません」と、口を揃《そろ》えて言上《ごんじょう》しました。
閻魔大王は眉をひそめて、暫く思案に暮れていましたが、やがて何か思いついたと見えて、
「この男の父母《ちちはは》は、畜生道《ちくしょうどう》に落ちている筈だから、早速ここへ引き立てて来い」と、一匹の鬼に言いつけました。
鬼は忽ち風に乗って、地獄の空へ舞い上りました。と思うと、又星が流れるように、二匹の獣《けもの》を駆り立てながら、さっと森羅殿の前へ下りて来ました。その獣を見た杜子春は、驚いたの驚かないのではありません。なぜかといえばそれは二匹とも、形は見すぼらしい痩《や》せ馬でしたが、顔は夢にも忘れない、死んだ父母の通
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