車に一ぱいの黄金が埋まつてゐる筈だから。」
老人はかう言つたと思ふと、今度も亦《また》人ごみの中へ、掻き消すやうに隠れてしまひました。
杜子春はその翌日から、忽《たちま》ち天下第一の大金持に返りました。と同時に相変らず、仕放題《しはうだい》な贅沢をし始めました。庭に咲いてゐる牡丹の花、その中に眠つてゐる白孔雀、それから刀を呑んで見せる、天竺から来た魔法使――すべてが昔の通りなのです。
ですから車に一ぱいあつた、あの夥《おびただ》しい黄金も、又三年ばかり経《た》つ内には、すつかりなくなつてしまひました。
三
「お前は何を考へてゐるのだ。」
片目眇の老人は、三度杜子春の前へ来て、同じことを問ひかけました。勿論彼はその時も、洛陽の西の門の下に、ほそぼそと霞を破つてゐる三日月の光を眺めながら、ぼんやり佇《たたず》んでゐたのです。
「私ですか。私は今夜寝る所もないので、どうしようかと思つてゐるのです。」
「さうか。それは可哀さうだな。ではおれが好いことを教へてやらう。今この夕日の中へ立つて、お前の影が地に映つたら、その腹に当る所を、夜中に掘つて見るが好い。きつと車に一
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