小町 (噛《か》みつきそうに)誰がそんなことを云ったのです?
 使 (怯《お》ず怯《お》ず)やっぱりさっき小野の小町が、……
 小町 まあ、何と云う図々《ずうずう》しい人だ! 嘘つき! 九尾《きゅうび》の狐! 男たらし! 騙《かた》り! 尼天狗《あまてんぐ》! おひきずり! もうもうもう、今度顔を合せたが最後、きっと喉笛《のどぶえ》に噛《か》みついてやるから。口惜《くや》しい。口惜しい。口惜しい。(黄泉《よみ》の使をこづきまわす)
 使 まあ、待って下さい。わたしは何も知らなかったのですから、――まあ、この手をゆるめて下さい。
 小町 一体あなたが莫迦《ばか》ではありませんか? そんな嘘を真《ま》に受けるとは、……
 使 しかし誰でも真に受けますよ。……あなたは何か小野の小町に恨《うら》まれることでもあるのですか?
 小町 (妙に微笑する)あるような、ないような、……まあ、あるのかも知れません。
 使 するとその恨まれることと云うのは?
 小町 (軽蔑するように)お互《たがい》に女ではありませんか?
 使 なるほど、美しい同士でしたっけ。
 小町 あら、お世辞《せじ》などはおよしなさい。
 使 お世辞ではありませんよ。ほんとうに美しいと思っているのです。いや、口には云われないくらい美しいと思っているのです。
 小町 まあ、あんな嬉しがらせばっかり! あなたこそ黄泉には似合わない、美しいかたではありませんか?
 使 こんな色の黒い男がですか?
 小町 黒い方《ほう》が立派《りっぱ》ですよ。男らしい気がしますもの。
 使 しかしこの耳は気味が悪いでしょう。
 小町 あら、可愛いではありませんか? ちょいとわたしに触《さわ》らして下さい。わたしは兎《うさぎ》が大好きなのですから。(使の兎の耳を玩弄《おもちゃ》にする)もっとこっちへいらっしゃい。何だかわたしはあなたのためなら、死んでも好《い》いような気がしますよ。
 使 (小町を抱《だ》きながら)ほんとうですか?
 小町 (半ば眼を閉じたまま)ほんとうならば? 
 使 こうするのです。(接吻《せっぷん》しようとする)
 小町 (突きのける)いけません。
 使 では、……では嘘なのですか?
 小町 いいえ、嘘ではありません。ただあなたが本気かどうか、それさえわかれば好《よ》いのです。
 使 では何でも云いつけて下さい。あな
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