人や才子はたいてい地獄へ行っています。
 小町 あなたは鬼《おに》です。羅刹《らせつ》です。わたしが死ねば少将も死にます。少将の胤《たね》の子供も死にます。三人ともみんな死んでしまいます。いえ、そればかりではありません。年とったわたしの父や母もきっと一しょに死んでしまいます。(一層泣き声を立てながら)わたしは黄泉《よみ》の使でも、もう少し優しいと思っていました。
 使 (迷惑《めいわく》そうに)わたしはお助け申したいのですが、……
 小町 (生き返ったように顔を上げながら)ではどうか助けて下さい。五年でも十年でもかまいません。どうかわたしの寿命《じゅみょう》を延ばして下さい。たった五年、たった十年、――子供さえ成人すれば好《よ》いのです。それでもいけないと云うのですか?
 使 さあ、年限はかまわないのですが、――しかしあなたをつれて行かなければ代りが一人入るのです。あなたと同じ年頃の、……
 小町 (興奮《こうふん》しながら)では誰でもつれて行って下さい。わたしの召使《めしつか》いの女の中にも、同じ年の女は二三人います。阿漕《あこぎ》でも小松《こまつ》でもかまいません。あなたの気に入ったのをつれて行って下さい。
 使 いや、名前もあなたのように小町と云わなければいけないのです。
 小町 小町! 誰か小町と云う人はいなかったかしら。ああ、います。います。(発作的《ほっさてき》に笑い出しながら)玉造《たまつくり》の小町《こまち》と云う人がいます。あの人を代りにつれて行って下さい。
 使 年もあなたと同じくらいですか?
 小町 ええ、ちょうど同じくらいです。ただ綺麗《きれい》ではありませんが、――器量《きりょう》などはどうでもかまわないのでしょう?
 使 (愛想《あいそ》よく)悪い方が好《よ》いのです。同情しずにすみますから。
 小町 (生き生きと)ではあの人に行って貰って下さい。あの人はこの世にいるよりも、地獄に住みたいと云っています。誰も逢《あ》う人がいないものですから。
 使 よろしい。その人をつれて行きましょう。ではお子さんを大事にして下さい。(得々《とくとく》と)黄泉の使も情《なさけ》だけは心得ているつもりなのです。
 使、突然また消え失せる。
 小町 ああ、やっと助かった! これも日頃信心する神や仏のお計《はか》らいであろう。(手を合せる)八百万《やおよろず》
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