お爺《じい》さんの着物か何かを洗っていたのである。……
二
桃から生れた桃太郎《ももたろう》は鬼《おに》が島《しま》の征伐《せいばつ》を思い立った。思い立った訣《わけ》はなぜかというと、彼はお爺さんやお婆さんのように、山だの川だの畑だのへ仕事に出るのがいやだったせいである。その話を聞いた老人夫婦は内心この腕白《わんぱく》ものに愛想《あいそ》をつかしていた時だったから、一刻も早く追い出したさに旗《はた》とか太刀《たち》とか陣羽織《じんばおり》とか、出陣の支度《したく》に入用《にゅうよう》のものは云うなり次第に持たせることにした。のみならず途中の兵糧《ひょうろう》には、これも桃太郎の註文《ちゅうもん》通り、黍団子《きびだんご》さえこしらえてやったのである。
桃太郎は意気|揚々《ようよう》と鬼が島征伐の途《と》に上《のぼ》った。すると大きい野良犬《のらいぬ》が一匹、饑《う》えた眼を光らせながら、こう桃太郎へ声をかけた。
「桃太郎さん。桃太郎さん。お腰に下げたのは何でございます?」
「これは日本一《にっぽんいち》の黍団子だ。」
桃太郎は得意そうに返事をした。勿論実際は日本一かどうか、そんなことは彼にも怪《あや》しかったのである。けれども犬は黍団子と聞くと、たちまち彼の側へ歩み寄った。
「一つ下さい。お伴《とも》しましょう。」
桃太郎は咄嗟《とっさ》に算盤《そろばん》を取った。
「一つはやられぬ。半分やろう。」
犬はしばらく強情《ごうじょう》に、「一つ下さい」を繰り返した。しかし桃太郎は何といっても「半分やろう」を撤回《てっかい》しない。こうなればあらゆる商売のように、所詮《しょせん》持たぬものは持ったものの意志に服従するばかりである。犬もとうとう嘆息《たんそく》しながら、黍団子を半分貰う代りに、桃太郎の伴《とも》をすることになった。
桃太郎はその後《のち》犬のほかにも、やはり黍団子の半分を餌食《えじき》に、猿《さる》や雉《きじ》を家来《けらい》にした。しかし彼等は残念ながら、あまり仲《なか》の好《い》い間がらではない。丈夫な牙《きば》を持った犬は意気地《いくじ》のない猿を莫迦《ばか》にする。黍団子の勘定《かんじょう》に素早《すばや》い猿はもっともらしい雉を莫迦にする。地震学などにも通じた雉は頭の鈍《にぶ》い犬を莫迦にする。――こういういがみ合
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