ゐるにせよ、不思議に嚴《おごそ》かな心もちに打たれて、炎熱地獄の大苦艱を如實に感じるからでもございませうか。
しかしさうなつた時分には、良秀はもうこの世に無い人の數にはいつて居りました。それも屏風の出來上つた次の夜に、自分の部屋の梁《はり》へ繩をかけて、縊《くび》れ死んだのでございます。一人娘《ひとりむすめ》を先立てたあの男は、恐らく安閑として生きながらへるのに堪へなかつたのでございませう。屍骸は今でもあの男の家の跡に埋まつて居ります。尤も小さな標《しるし》の石は、その後何十年かの雨風《あめかぜ》に曝《さら》されて、とうの昔誰の墓とも知れないやうに、苔蒸《こけむ》してゐるにちがひございません。
底本:「傀儡師」特選名著復刻全集近代文学館、日本近代文学館
1971(昭和46)年5月
※底本には「堀川」と「堀河」が共に現れる。「堀河」は「堀川」と思われるが、表記の揺れは底本のママとした。
※「傀儡師」新潮社、1919(大正8)年1月15日発行の複製。
※本作品中には、今日では差別的表現として受け取れる用語が使用されています。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、あえて発表時のままとしました。(青空文庫)
入力:j.utiyama
校正:富田倫生
1999年11月2日公開
2004年3月8日修正
青空文庫作成ファイル:
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