る気だ。」
とかう一本突つこむと、あの意気地なしめ、見る見る内に唇の色まで変へやがつて、
「へい、何とも申し訳はござりやせん。実は鼠小僧でも何でも無え、唯の胡麻の蠅でござりやす。」
「さうだらう。さうなくつちや、なら無え筈だ。だが火つけや押込みまでさんざんしたと云ふからにや、御前《おめえ》も好い悪党だ。どうせ笠の台は飛ぶだらうぜ。」
と框《かまち》で煙管をはたきながら、大真面目におれがひやかすと、あいつは酔もさめたと見えて、又|水《みづ》つ洟《ぱな》をすすりこみの、泣かねえばかりの声を出して、
「何、あれもみんな嘘でござりやす。私《わつし》は旦那に申し上げた通り、越後屋重吉と云ふ小間物渡世で、年にきつと一二度はこの街道を上下《のぼりくだり》しやすから、善かれ悪しかれいろいろな噂を知つて居りやすので、つい口から出まかせに、何でも彼でもぼんぽんと――」
「おい、おい、御前は今胡麻の蠅だと云つたぢや無えか。胡麻の蠅が小間物を売るとは、御入国以来聞か無え事だの。」
「いえ、人様の物に手をかけたのは、今夜がまだ始めてでござりやす。この秋女房に逃げられやして、それから引き続き不手まはりな事ばか
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