かなり高い所まで矢を飛ばすと、反《かえ》ってその方へ賛辞を与えたりした。
 容貌の醜い若者は、それでも快活に矢を飛ばせ続けた。するとほかの若者たちは、誰からともなく弓を引かなくなった。だから今まで紛々《ふんぷん》と乱れ飛んでいた矢の雨も、見る見る数が少くなって来た。そうしてとうとうしまいには、彼の射る白羽の矢ばかりが、まるで昼見える流星《りゅうせい》のように、たった一筋空へ上るようになった。
 その内に彼も弓を止めて、得意らしい色を浮べながら、仲間の若者たちの方を振返った。が、彼の近所にはその満足を共にすべく、一人の若者も見当らなかった。彼等はもうその時には、みんな河原の水際《みぎわ》により集まって、美しい天の安河の流れを飛び越えるのに熱中していた。
 彼等は互に競《きそ》い合って、同じ河の流れにしても、幅の広い所を飛び越えようとした。時によると不運な若者は、焼太刀《やきだち》のように日を照り返した河の中へ転《ころ》げ落ちて、眩《まば》ゆい水煙《みずけむり》を揚げる事もあった。が、大抵《たいてい》は向うの汀《なぎさ》へ、ちょうど谷を渡る鹿のように、ひらりひらりと飛び移って行った。そうして今まで立っていたこちらの汀を振返っては声々に笑ったり話したりしていた。
 容貌の醜い若者はこの新しい遊戯を見ると、すぐに弓矢を砂の上に捨てて、身軽く河の流れを躍り越えた。そこは彼等が飛んだ中でも、最も幅の広い所であった。けれどもほかの若者たちはさらに彼には頓着しなかった。彼等には彼の後で飛んだ――彼よりも幅の狭い所を彼よりも楽に飛び越えた、背《せい》の高い美貌《びぼう》の若者の方が、遥《はるか》に人気があるらしかった。その若者は彼と同じ市松の倭衣《しずり》を着ていたが、頸《くび》に懸けた勾玉《まがたま》や腕に嵌《は》めた釧《くしろ》などは、誰よりも精巧な物であった。彼は腕を組んだまま、ちょいと羨しそうな眼を挙げて、その若者を眺めたが、やがて彼等の群を離れて、たった一人|陽炎《かげろう》の中を河下《かわしも》の方へ歩き出した。

        二

 河下の方へ歩き出した彼は、やがて誰一人飛んだ事のない、三丈ほども幅のある流れの汀《なぎさ》へ足を止めた。そこは一旦|湍《たぎ》った水が今までの勢いを失いながら、両岸の石と砂との間に青々と澱《よど》んでいる所であった。彼はしばらくその水面
前へ 次へ
全53ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング