らなかつた。さもなければあらゆる不良少年のやうに彼自身を軽んずるのに了るだけだつた。彼はその自彊術の道具を当然「自ら欺かざるの記」に求めた。――
「予の蒙れる悪名は多けれども、分つて三と為すことを得べし。
「その一は文弱也。文弱とは肉体の力よりも精神の力を重んずるを言ふ。
「その二は軽佻浮薄也。軽佻浮薄とは功利の外に美なるものを愛するを言ふ。
「その三は傲慢也。傲慢とは妄《みだり》に他の前に自己の所信を屈せざるを言ふ。
しかし教師も悉く彼を迫害した訣ではなかつた。彼等の或ものは家族を加へた茶話会に彼を招待した。又彼等の或ものは彼に英語の小説などを貸した。彼は四学年を卒業した時、かう言ふ借りものの小説の中に「猟人日記」の英訳を見つけ、歓喜して読んだことを覚えてゐる。が、「教育上の責任」は常に彼等と人間同士の親しみを交へる妨害をした。それは彼等の好意を得ることにも何か彼等の権力に媚びる卑しさの潜んでゐる為だつた。さもなければ彼等の同性愛に媚びる醜さの潜んでゐる為だつた。彼は彼等の前へ出ると、どうしても自由に振舞はれなかつた。のみならず時には不自然に巻煙草の箱へ手を出したり、立ち見をした芝居を吹聴したりした。彼等は勿論この無作法を不遜の為と解釈した。解釈するのも亦尤もだつた。彼は元来人好きのする生徒ではないのに違ひなかつた。彼の筐底の古写真は体と不吊合に頭の大きい、徒らに目ばかり赫《かがや》かせた、病弱らしい少年を映してゐる。しかもこの顔色の悪い少年は絶えず毒を持つた質問を投げつけ、人の好い教師を悩ませることを無上の愉快としてゐるのだつた!
信輔は試験のある度に学業はいつも高点だつた。が、所謂操行点だけは一度も六点を上らなかつた。彼は6と言ふアラビア数字に教員室中の冷笑を感じた。実際又教師の操行点を楯に彼を嘲つてゐるのは事実だつた。彼の成績はこの六点の為にいつも三番を越えなかつた。彼はかう言ふ復讐を憎んだ。かう言ふ復讐をする教師を憎んだ。今も、――いや、今はいつのまにか当時の憎悪を忘れてゐる。中学は彼には悪夢だつた。けれども悪夢だつたことは必しも不幸とは限らなかつた。彼はその為に少くとも孤独に堪へる性情を生じた。さもなければ彼の半生の歩みは今日よりももつと苦しかつたであらう。彼は彼の夢みてゐたやうに何冊かの本の著者になつた。しかし彼に与へられたものは畢竟落寞とした孤独
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