いことには彼自身憤らずにはいられなかった。現にこう言う君子の一人――或高等学校の文科の生徒はリヴィングストンの崇拝者だった。同じ寄宿舎にいた信輔は或時彼に真事《まこと》しやかにバイロンも亦リヴィングストン伝を読み、泣いてやまなかったと言う出たらめを話した。爾来《じらい》二十年を閲《けみ》した今日、このリヴィングストンの崇拝者は或|基督《キリスト》教会の機関雑誌に不相変《あいかわらず》リヴィングストンを讃美《さんび》している。のみならず彼の文章はこう言う一行に始まっている。――「悪魔的詩人バイロンさえ、リヴィングストンの伝記を読んで涙を流したと言うことは何を我々に教えるであろうか?」!
信輔は才能の多少を問わずに友だちを作ることは出来なかった。たとい君子ではないにもせよ、智的|貪慾《どんよく》を知らない青年はやはり彼には路傍の人だった。彼は彼の友だちに優しい感情を求めなかった。彼の友だちは青年らしい心臓を持たぬ青年でも好かった。いや、所謂《いわゆる》親友は寧ろ彼には恐怖だった。その代りに彼の友だちは頭脳を持たなければならなかった。頭脳を、――がっしりと出来上った頭脳を。彼はどう言う美少
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