ない石の連続がずーうっと先の先の方までつづいている。いちばん遠い石は蟹《かに》の甲羅《こうら》くらいな大きさに見える。それが近くなるに従ってだんだんに大きくなって、自分たちの足もとへ来ては、一間に高さが五尺ほどの鼠色の四角な石になっている。荒廃と寂寞《じゃくまく》――どうしても元始的な、人をひざまずかせなければやまないような強い力がこの両側の山と、その間にはさまれた谷との上に動いているような気がする。案内者が「赤沢の小屋ってなアあれですあ」と言う。自分たちの立っている所より少し低い所にくくりまくらのような石がある。それがまたきわめて大きい。動物園の象の足と鼻を切って、胴だけを三つ四つつみ重ねたらあのくらいになるかもしれない。その石がぬっと半ば起きかかった下に焚火《たきび》をした跡がある。黒い燃えさしや、白い石がうずたかくつもっていた。あの石の下に寝るんだそうだ。夜中に何かのぐあいであの石が寝がえりを打ったら、下の人間はぴしゃんこになってしまうだろうと思う。渓谷の下の方はこの大石にさえぎられて何も見えぬ。目の前にひろげられたのはただ、長いしかも乱雑な石の排列、頭の上におおいかかるような灰色の山々、そうしてこれらを強く照らす真夏の白い日光ばかりである。
自然というものをむきつけにまのあたりに見るような気がして自分はいよいよはげしい疲れを感ぜざるを得なかった。
朝三時
さあ行こうと中原が言う。行こうと返事をして手袋をはめているうちに中原はもう歩きだした。そうして二度目に行くよと言ったときには中原の足は自分の頭より高い所にあった。上を見るとうす暗い中に夏服の後ろ姿がよろけるように右左へゆれながら上って行く。自分もつえを持ってあとについて上りはじめた。上りはじめて少し驚いた。路といってはもとよりなんにもない。魚河岸《うおがし》へ鮪《まぐろ》がついたように雑然ところがった石の上を、ひょいひょいとびとびに上るのである。どうかするとぐらぐらとゆれるやつがある。おやと思ってその次のやつへ足をかけるとまたぐらりとくる。しかたがないから四つんばいになって猿のような形をして上る。その上にまだ暗いのでなんでも判然とわからない。ただまっ黒なものの中をうす白いものがふらふらと上ってゆくあとを、いいかげんに見当をつけてはって行くばかりである。心細いことおびただしい。おまけにきわめ
前へ
次へ
全4ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング