と言ふばかりではない。一句一句変化に富んでゐることは作家たる力量を示すものである。几董輩《きとうはい》の丈艸《ぢやうさう》を嗤《わら》つてゐるのは僣越《せんゑつ》も亦《また》甚しいと思ふ。

     二十九 袈裟と盛遠

「袈裟《けさ》と盛遠《もりとほ》」と云ふ独白《どくはく》体の小説を、四月の中央公論で発表した時、或大阪の人からこんな手紙を貰つた。「袈裟は亘《わたる》の義理と盛遠の情《なさけ》とに迫られて、操《みさほ》を守る為に死を決した烈女である。それを盛遠との間《あひだ》に情交のあつた如く書くのは、烈女袈裟に対しても気の毒なら、国民教育の上にも面白からん結果を来《きた》すだらう。自分は君の為にこれを取らない。」
 が、当時すぐにその人へも返事を書いた通り、袈裟と盛遠との間に情交があつた事は、自分の創作でも何《なん》でもない。源平盛衰記《げんぺいせいすゐき》の文覚発心《もんがくほつしん》の条《くだり》に、「はや来《きた》つて女と共に臥《ふ》し居たり、狭夜《さよ》も漸《やうやう》更け行きて云云《うんぬん》」と、ちやんと書いてある事である。
 それを世間一般は、どう云ふ量見か黙殺して
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