事務室の向かって右の入口から入れて、ふだんはしめ切ってある、右のとびらをあけて出すことにした。景品はほうきと目笊とせっけんで一組、たわしと何とか笊と杓子で一組、下駄に箸が一膳で一組という割合で、いちばん割の悪いのは、能代塗の臭い箸が一膳で一組である。こいつだけは、僕なら、いくら籤に当っても、ご免をこうむろうと思う。
砂岡君と国富君とが、読み役で、籤を受取っては、いちいち大きな声で読み上げる。中には一家族五人ことごとく、下駄に当った人があった。一家族十人ばかり、ことごとく能代塗の臭い箸に当ったら、こっけいだろうと思ってたが、不幸にして、そういう人はなかったように記憶する。
一回、福引を済ましたあとでも、景品はだいぶん残った。そこで、残った景品のすべてに、空籤《からくじ》を加えて、ふたたび福引を行った。そうしてそれをおわったのはちょうど正午であった。避難民諸君は、もうそろそろ帰りはじめる。中にはていねいにお礼を言いに来る人さえあった。
多大の満足と多少の疲労とを持って、僕たちが何日かを忙しい中に暮らした事務室を去った時、窓から首を出して見たら、泥まみれの砂利の上には、素枯れかかった檜《ひのき》や、たけの低い白楊が、あざやかな短い影を落して、真昼の日が赤々とした鼠色の校舎の羽目には、亜鉛板やほうきがよせかけてあるのが見えた。おおかた明日から、あとそうじが始まるのだろう。
[#地から2字上げ](明治四十三年、東京府立第三中学校学友会雑誌)
底本:「羅生門・鼻・芋粥」角川文庫、角川書店
1950(昭和25)年10月20日初版発行
1985(昭和60)年11月10日改版38版発行
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月11日公開
2004年3月10日修正
青空文庫作成ファイル:
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