たら、金沢にゐる室生犀星!
又ぶらぶら歩きはじめる。八百屋の店に慈姑《くわゐ》がすこし。慈姑の皮の色は上品だなあ。古い泥七宝《でいしつぱう》の青に似てゐる。あの慈姑を買はうかしら。※[#「言+虚」、第4水準2−88−74]をつけ。買ふ気のないことは知つてゐる癖に。だが一体どう云ふものだらう、自分にも※[#「言+虚」、第4水準2−88−74]をつきたい気のするのは。今度は小鳥屋。どこもかしこも鳥籠だらけだなあ。おや、御亭主も気楽さうに山雀《やまがら》の籠の中に坐つてゐる!
「つまり馬に乗つた時と同じなのさ。」
「カントの論文に崇られたんだね。」
後ろからさつさと通りぬける制服制帽の大学生が二人。ちよいと聞いた他人の会話と云ふものは気違ひの会話に似てゐるなあ。この辺そろそろ上り坂。もうあの家の椿などは落ちて茶色に変つてゐる。尤《もつと》も崖側の竹藪は不相変黄ばんだままなのだが………おつと向うから馬が来たぞ。馬の目玉は大きいなあ。竹藪も椿も己の顔もみんな目玉の中に映つてゐる。馬のあとからはモンジロ蝶。
「生ミタテ玉子アリマス。」
アア、サウデスカ? ワタシハ玉子ハ入リマセン。――春の日
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