ヌに疎《うと》い僕は永久にこんなことには気がつかなかつたかも知れない。或は又千九百十年位におのづから気づいてゐたかも知れない。)
 この法律上の不備に応ずる途は菊池寛のしたやうに、或は又ショオのしたやうに、戯曲になる小説のあつた時には作者自身戯曲に書直すことである。しかし戯曲を書かない作者は(一例を挙げれば僕の如き)おいそれと書直しの出来るものではない。するとかう云ふ一群の作者は丁度乱世の民のやうに、野武士の切取り強盗にも黙従しなければならない訳である。これは大正の聖代にも似合はぬ物騒さ加減と云はなければならぬ。
 その外著作権の所在なども法規大全を覗いた限りでは甚《はなは》だ曖昧に出来てゐるらしい。兎に角我我売文業者は余り今日の法律の御恩を蒙つてゐないことは確かである。
 もう一つ次手《ついで》に考へられることは作者自身の小説を戯曲に書直す可否である。たとへば菊池は「義民甚兵衛」を小説から戯曲へ書直した。が、「義民甚兵衛」なるものは小説の形式に表現すべきものか、それとも亦戯曲の形式に表現すべきものかと云ふことは予め菊池の考へる、或は考へなければならぬことである。それを前には小説にし、後には戯曲にすると云ふのは、ゆうべの刺身をぬたにしたのと同じ非難を招かないであらうか? 少くともぬたになる筈のものをうつかり刺身につくつたのと同じ不明を示す筈である。――と云ふ考へかたも出来ないことはない。
 けれども同一の題材を二つに使はれぬと云ふ道理はない。いや、小説から戯曲にせずとも、小説から小説にもなる訳である。たとへば久米正雄などはたつた一つの失恋を無数の小説にしてゐるではないか?(と云ふのは久米を嘲るのではない。無数の失恋をしてゐる癖にたつた一つの小説も書けぬ新時代の青年に比べれば、数等久米は見上げたものである。)況《いはん》や小説から戯曲にするのは恥辱でも何でもない筈である。勿論どちらか一方の傑出することもあるかも知れない。しかしそれは同一の作者に傑作もあれば悪作もあると少しも変りはない理窟である。
 尤も論者はかう云ふに違ひない。それは小説にした場合と異つた見地に立つた上、戯曲に書直した場合だけである。さもなければ如何に割引きしても、不明の非難だけは免れないであらう。――この説は一応尤もである。成程《なるほど》戯曲にした結果、小説よりも傑出したとすれば、過去の不明は咎《
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