ある。その本の中の化け物などは、大抵《たいてい》見世物《みせもの》の看板《かんばん》に過ぎない。まづ上乗と思ふものでも何か妙に自然を欠いた、病的な感じを伴《ともな》つてゐる。冬心の化け物にそれがないのは、立ち場の違つてゐる為のみではない。出家庵粥飯僧《しゆつけあんしゆくはんそう》の眼はもう少し遠方を見てゐたのである。
 古怪な寒山拾得《かんざんじつとく》の顔に、「霊魂《れいこん》の微笑」を見たものは、岸田劉生《きしだりうせい》氏だつたかと思ふ。もしその「霊魂の微笑」の蔭に、多少の悪戯《あくぎ》を点じたとすれば、それは冬心の化け物である。この水墨の薄明《うすあか》りの中に、或は泣き、或は笑ふ、愛すべき異類《いるゐ》異形《いぎよう》である。



底本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房
   1971(昭和46)年6月5日初版第1刷発行
   1979(昭和54)年4月10日初版第11刷発行
入力:土屋隆
校正:松永正敏
2007年6月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全2ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング