ごすご起き上りながら、酒場の外へ行こうとする。
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主人 もしもし御勘定を置いて行って下さい。
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王子無言のまま、金《かね》を投げる。
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第二の農夫 御土産は?
王子 (剣の柄《つか》へ手をかける)何だと?
第二の農夫 (尻ごみしながら)いえ、何とも云いはしません。(独り語《ごと》のように)剣だけは首くらい斬《き》れるかも知れない。
主人 (なだめるように)まあ、あなたなどは御年若《おとしわか》なのですから、一先《ひとまず》御父様《おとうさま》の御国へお帰りなさい。いくらあなたが騒《さわ》いで見たところが、とても黒ん坊の王様にはかないはしません。とかく人間と云う者は、何でも身のほどを忘れないように慎《つつし》み深くするのが上分別《じょうふんべつ》です。
一同 そうなさい。そうなさい。悪い事は云いはしません。
王子 わたしは何でも、――何でも出来ると思ったのに、(突然涙を落す)お前たちにも恥《は》ずかしい(顔を隠しながら)ああ、このまま消えてもしまいたいようだ。
第一の農夫 そのマントルを着て御覧なさい。そうすれば消えるかも知れません。
王子 畜生《ちくしょう》!(じだんだを踏む)よし、いくらでも莫迦《ばか》にしろ。わたしはきっと黒ん坊の王から可哀そうな王女を助けて見せる。長靴は千里飛ばれなかったが、まだ剣もある。マントルも、――(一生懸命に)いや、空手《からて》でも助けて見せる。その時に後悔《こうかい》しないようにしろ。(気違いのように酒場を飛び出してしまう。)
主人 困ったものだ、黒ん坊の王様に殺されなければ好《い》いが、――
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三
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王城の庭。薔薇《ばら》の花の中に噴水《ふんすい》が上《あが》っている。始《はじめ》は誰もいない。しばらくの後《のち》、マントルを着た王子が出て来る。
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王子 やはりこのマントルは着たと思うと、たちまち姿が隠れると見える。わたしは城の門をはいってから、兵卒にも遇《あ》えば腰元《こしもと》にも遇《あ》った。が、誰も咎《とが》めたものはない。このマントルさえ着ていれば、この薔薇《ばら》を吹いている風のように、王女の部屋へもはいれるだろう。――おや、あそこへ歩いて来たのは、噂《うわさ》に聞いた王女じゃないか? どこかへ一時身を隠してから、――何、そんな必要はない、わたしはここに立っていても、王女の眼には見えないはずだ。
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王女は噴水の縁《ふち》へ来ると、悲しそうにため息をする。
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王女 わたしは何と云う不仕合せなのだろう。もう一週間もたたない内に、あの憎《にく》らしい黒ん坊の王は、わたしをアフリカへつれて行ってしまう。
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獅子《しし》や鰐《わに》のいるアフリカへ、(そこの芝《しば》の上に坐りながら)わたしはいつまでもこの城にいたい。この薔薇の花の中に、噴水の音を聞いていたい。……
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王子 何と云う美しい王女だろう。わたしはたとい命を捨てても、この王女を助けて見せる。
王女 (驚いたように王子を見ながら)誰です、あなたは?
王子 (独り語《ごと》のように)しまった! 声を出したのは悪かったのだ!
王女 声を出したのが悪い? 気違《きちが》いかしら? あんな可愛い顔をしているけれども、――
王子 顔? あなたにはわたしの顔が見えるのですか?
王女 見えますわ。まあ、何を不思議《ふしぎ》そうに考えていらっしゃるの?
王子 このマントルも見えますか?
王女 ええ、ずいぶん古いマントルじゃありませんか?
王子 (落胆《らくたん》したように)わたしの姿は見えないはずなのですがね。
王女 (驚いたように)どうして?
王子 これは一度着さえすれば、姿が隠れるマントルなのです。
王女 それはあの黒ん坊の王のマントルでしょう。
王子 いえ、これもそうなのです。
王女 だって姿が隠れないじゃありませんか?
王子 兵卒《へいそつ》や腰元《こしもと》に遇《あ》った時は、確かに姿が隠れたのですがね。その証拠《しょうこ》には誰に遇っても、咎《とが》められた事がなかったのですから。
王女 (笑い出す)それはそのはずですわ。そんな古いマントルを着ていらっしゃれば下男《げなん》か何かと思われますもの。
王子 下男!
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