王 (突然また現われる。忌々《いまいま》しそうに)そうです。あなた方のために出来ているようなものです。わたしには役にも何にもたたない。(マントルを投げ捨てる)しかしわたしは剣を持っている。(急に王子を睨《にら》みながら)あなたはわたしの幸福を奪うものだ。さあ尋常に勝負をしよう。わたしの剣は鉄でも切れる。あなたの首位は何でもない。(剣を抜く)
王女 (立ち上るが早いか、王子をかばう)鉄でも切れる剣ならば、わたしの胸も突けるでしょう。さあ、一突きに突いて御覧なさい。
王 (尻ごみをしながら)いや、あなたは斬《き》れません。
王女 (嘲《あざけ》るように)まあ、この胸も突けないのですか? 鉄でも斬れるとおっしゃった癖に!
王子 お待ちなさい。(王女を押し止《とど》めながら)王の云う事はもっともです。王の敵はわたしですから、尋常に勝負をしなければなりません。(王に)さあ、すぐに勝負をしよう。(剣を抜く)
王 年の若いのに感心な男だ。好《い》いか? わたしの剣にさわれば命はないぞ。
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王と王子と剣を打ち合せる。するとたちまち王の剣は、杖《つえ》か何か切るように、王子の剣を切ってしまう。
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王 どうだ?
王子 剣は切られたのに違いない。が、わたしはこの通り、あなたの前でも笑っている。
王 ではまだ勝負を続ける気か?
王子 あたり前だ。さあ、来い。
王 もう勝負などはしないでも好《い》い。(急に剣を投げ捨てる)勝ったのはあなただ。わたしの剣などは何にもならない。
王子 (不思議そうに王を見る)なぜ?
王 なぜ? わたしはあなたを殺した所が、王女にはいよいよ憎《にく》まれるだけだ。あなたにはそれがわからないのか?
王子 いや、わたしにはわかっている。ただあなたにはそんな事も、わかっていなそうな気がしたから。
王 (考えに沈みながら)わたしには三つの宝があれば、王女も貰えると思っていた。が、それは間違いだったらしい。
王子 (王の肩に手をかけながら)わたしも三つの宝があれば、王女を助けられると思っていた。が、それも間違いだったらしい。
王 そうだ。我々は二人とも間違っていたのだ。(王子の手を取る)さあ、綺麗《きれい》に仲直りをしましょう。わたしの失礼《しつれい》は赦
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